0
おやすみのキスをして、そのまま別れようとすると、彼女は寂しそうにそう言った。
「浩平君……今日は、しないの?」
つぶやくようにねだるその声に、惑わされる。
離れかけた身体が、引き寄せられる。
両腕でぎゅっと抱き締めて、甘えるように、彼女は浩平の胸に顔を埋めてきた。
その肩を、ぎゅっと抱き締める。
肯定の証だ。
彼女は黒髪を揺すり、頬を胸にすりつけて、それに応える。
華やかな香りがこぼれる。
そして、ふふふという微笑が聞こえてきた。
心からそれを待ち望んでいたような、そんなうれしさと楽しさに満ちているように聞こえた。
1
ベッドの上で、もう一度、口づけを交わす。
みさきの頬をとって、一回。みさきが浩平の頬を手で挟むようにして、二回。
お互いに頬から手を離し、肩を抱き合って、三回。
舌を絡めて、相手の体温を直に感じる。
唇を離すと、頬をほんのりと赤く染め、うっとりとした表情がそこにある。
長い黒髪に手を入れてうなじにやり、支えるようにしてその身体をベッドに仰向けに寝かせる。
その身体を包んだ毛布を、自らを焦らせながら、首からはがしていく。
形のいい乳房が姿を現すと、彼女は腕でそれを隠した。
くびれた腰から脚の付け根にある飾り毛があらわになると、片ひざをわずかに立ててそれを隠す。
すっかり毛布をとると、みさきは、華奢な身をよじって、浩平の視線を避けていた。
いや、それは、煽っていた。
髪がほつれて白いうなじが露出し、細い腕ではおさまりきらない胸のふくらみがそこからのぞき、飾り毛を隠す脚の脚線はかえってその美しさを誇っていた。
妖艶なオブジェ……そんな陳腐な言葉では説明できないくらいに、みさきの裸身は、ただ、みさきの裸身だった。
寄り添うように身体を並べると、まず、乳房の間に顔を埋めた。
耳をつけて、耳を澄ませる。
トクン、トクン、……、……。
律動的に、どこか懐かしさを感じさせるその音に、浩平は包まれていた。
いつのまにか、彼女の手が浩平の頭を撫でていた。心がすうっと溶けていくような気がした。
飽くことなくそうしていたかったが、やがて、浩平は自分を取り戻すと、手をみさきの乳房に触れさせた。
手のひら全体で乳房を撫でるようにして優しく円を描いていき、控えめに突出している乳首を指先でくるくると転がす。
「あっ……」
みさきは声を上げた。
今度は手のひらに乳房をおさめると、それを揉みながら、人差し指で乳首を愛撫する。
「んん……」
鼻にかかった吐息が洩れる。
「はぁ、はぁ……」
瞳を閉じて、みさきは幸せそうな顔でそれに応える。
控えめだった突出が、それとわかるくらいにかたくなった。
浩平は、少しだけ乱暴に、そこを手のひらではじくように手をまさぐった。
「はぅん!」
ぴくっと、みさきの身体が跳ねる。
そして、かたくなった乳首に口をつけて、吸い立てた。
「あっ、あ……うん、そう……」
荒くなっていた吐息が、甘くせつない声に変わっていく。
「ん……やぁ……」
ちゅぽんと音をわざと立てて口を離し、舌を出して、丹念に舐めていく。
うっとりとした顔で、みさきは長いため息をついた。
そして、腰をよじる。
それを悟って、浩平は起きあがり、みさきの脚の間に身体を入れた。
ひざの後ろをとって脚を持ち上げ、そのひざを開く。
浩平の目の前で、みさきはまるでMの字を書くように脚を開く体勢になった。
飾り毛に包まれた花弁に顔を近づける。
艶やかで品のいい飾り毛に隠された白い丘が割り広げられ、その奥から、ほんのりと赤く染まった一対の小さな花弁がその姿を現していた。ふっくらとふくらんだ花弁も控えめに開き、その奥にある泉の口からは透明な蜜が溢れていた。
舌を出して、その泉に浸す。
「うん……」
そうして、浩平はそのまま舌で花弁をかきわけた。
「あ、あ……」
脚をよじろうとするのを、手をおさえる。
舌先は、花弁の合わせ目に触れると、そこに狙いをつけて、くりくりとつつきはじめた。
「あっ、ああっ、んん……」
その度に、みさきの身体がぴくぴくと跳ねる。
みさきの声がただの吐息に変わったのを確かめて、舌先を離した。
強い刺激から解放され、みさきは呼吸を整えはじめている。
浩平はひざを立てて起きあがると、確かめるように、みさきの顔を見た。
「……そろそろいいかな、先輩」
「うん、いいよ、きて」
すっかり上気して赤くなった頬で、みさきはうれしそうににっこりと微笑んだ。
浩平はみさきのひざを軽く割り、そして、自らの屹立をみさきの花弁にあてがうと、それを確かめるように、その中へと沈めていった。
「あ……熱い……」
花弁の奥は、じわりと締め付けてくる。蜜が絡みついて、なめらかにそれは動いていく。
屹立全体が圧迫されてそこと密着し、刺激が直接的に伝わってくる。
浩平は、自分の動悸が早くなっていくのをはっきりと感じた。
やがて、何かを突くような感触が、先端から伝わる。
「んんっ」
花弁の最奥を突き上げられ、みさきは身体を跳ねさせた。
浩平はそのまま身体をみさきに重ねていった。
みさきの手が浩平を抱く。
そうして、浩平もみさきも何も言わず、じっと互いの体温を確かめ合う。
「……聞こえるよ、トクン、トクンって、浩平君の中から」
みさきは耳許で優しくささやく。
「浩平君の音をね、私は身体の中で聞くんだよ。誰も聞こえないような音をね……こうしていると、浩平君のすべてがわかるような気がするんだよ」
みさきは頬をすり寄せてくる。
「だから、こうしていると私は幸せだなって思うし、いつもは無理だけど、一緒にいられるなら、ずっとこうしていたいって思うんだよ……浩平君だから」
そして、消え入りそうな声で、最後にそうつぶやいた。
浩平はじっとそのまま動かなかった。何かを答えようとするすべをもっていなかった。
「……私が上になっていい?」
「ああ」
声に出して答え、浩平はみさきの身体を抱き締めたまま反転し、仰向けになった。
浩平の胸板に手をついて半身を起こし、みさきはまたがっていた脚に力を入れて腰をわずかに浮かす。
「あ……ん……」
そしてまた沈める。
浩平の屹立の敏感な先端が、締め付けてくるみさきの奥のざらざらにこすりつけられる。
その動作が、ゆっくりと繰り返されはじめた。
「はぁ、はぁ、はぅん……」
刺激に肩をすくめてこらえながら、幸せそうな顔でみさきは浩平の上で動く。
片手でその太ももを支え、ふるふると揺れる乳房をもう片方の手でおさえて、浩平も動きに合わせる。
腰を下ろしてくるのに合わせて、腰を突き上げる。
「あん!」
叫ぶように大きく声を上げる。
「あ……そこ……もっと……やあ……」
敏感な先端で、襞でざらざらとしたそこを擦る。まるで真綿が濡れて縮むようにきちきちと締め上げながら、蜜の潤いがそれをより激しいものへと変えていく。
「……くうっ」
浩平も声を上げた。濡れた紙ヤスリで削られていくような気がしていた。
単調な動き、それは鼓動と同期して、かえって恍惚とした官能を呼び起こす。
びちゃびちゃという飛沫の跳ねる音が聞こえる。
それにかまわず、浩平はみさきを突き上げ、みさきは浩平をこすりあげた。
その時、みさきの中がぐぐっと絞られた。
「あ、だめ! あッ、あ……ああっ!」
黒髪をばさっと振り乱し、みさきは白いのどを見せ、腕を浩平の胸に突っ張って、その瞬間を迎えた。
「ああ……」
喘ぎ声を絶え絶えに上げて、うねるように快楽の波に耐える。
そして、ぐったりと浩平の胸に身体を重ねると、断続的に襲ってくる小さな余韻に浸りながら、幸せそうな笑顔を見せた。
「はぁ……んん……浩平君……幸せだよ」
浩平はみさきの髪に手をやると、乱れたそれを整えるようにすく。
「おれもだ、先輩」
「……嘘」
「え?」
予期せぬ答えにあわててみさきを見ると、みさきはにっこりと笑みを浮かべていた。
「だって、浩平君はまだだもん。いいよ、ちょっと待っててね……」
そう言って、みさきは身体を起こし、まだ熱いままの蜜の泉から浩平の屹立を解放すると、浩平の身体に手をそわせながら、探るようにして、今度は浩平の脚の間に身体を入れた。
「……大きくなってない?」
「変わってないって」
「そうかな……はむ……ん……うん、大きくなってるよ」
「……先輩がそう言うなら、そうなんだろ」
「ん……ふふ、びくっとした」
「男は、そういうふうに、できてんの」
「じゃあ、ここをね、たくさん、してあげるよ」
「……くっ……」
「ん……どう?」
「……」
「わからないよ」
「……いいです」
「いいお返事だね……ふぅ……」
「く……んん……」
「……ちゅっ……」
「うっ……はぁ、はぁ……」
「……ちゅるっ……」
「あっ、はぁ、はぁ……ううっ!」
「んんっ……んん……んー……」
「ふぅ……大丈夫か、先輩」
「うん、平気だよ。ねえ、浩平君」
「なに?」
「……幸せ?」
「もちろんだ」
「もちろん、なに?」
「もちろん、幸せだ」
「私も、幸せだよ……浩平君」
2
オムレツを焦がしてしまった。
テレビに目をやっていた時間が、いつもよりも長かったせいだ。
さらに悪かったことに、オムレツは、鉄板に接していた面全体が焦げてしまっていた。
「……おはよう、浩平君」
まだ眠り足りないという顔で、みさきがキッチンに現れる。ショーツに、袖を通しただけで胸のボタンをはだけさせたままの格好。
左前のシャツだ。浩平が昨夜脱ぎ散らかしていたシャツだった。
器用に自分の椅子にすわる。
「おはよう、先輩。まだ眠そうだな」
「眠いよ〜」
口を手でおさえながらも、それとわかるくらいに大きなあくびをする。
その前に、少しためらいながら、焦げてしまったオムレツの片割れを差し出す。
「オムレツだね」
「さすが」
「浩平君、人間はね、睡眠と、食欲と、あと……うーんと、そういうのが満足しないと、病気になっちゃうんだよ」
「なるほどね」
そう答えて、浩平も椅子にすわって、自らの失敗に向かい合った。
食欲は満たされても、その料理が不味いということはありうる。睡眠欲は満たされても、悪夢にうなされるということもありうる。では……。
不意に、浩平の脳裏に、みさきの貌が浮かぶ。
髪を乱し、呼吸を荒くし、喘ぎ声を洩らし、そして、満たされて幸せそうに微笑む、昨晩のみさきの顔だった。
「……いただきます!」
その言葉に我に返って、浩平は対面のみさきを見た。
みさきはうれしそうな顔で、自分専用のスープスプーンで器用にオムレツをすくうと、それを口に運んだ。
その顔を浩平は注視する。
一瞬、不思議そうにそれは曇った。
だが、すぐに元に戻ると、またうれしそうな顔で別の部分をすくった。
聞こえないように、安堵のため息をつく。
しかし、みさきが食べているのは、やはり焦げたオムレツなのだ。
それを、幸せそうに食べるみさきを見ていると、心の奥で罪悪感が強く突き上げてくる。
意を決して、浩平は尋ねてみた。
「先輩、そのオムレツだけど……焦がしちゃったんだ」
「うん、わかるよ」
拍子抜けするくらいに、みさきは平然と答えた。
浩平は問いかけを続けた。
「でもさ、なんでそんなに幸せそうな顔をして食べるんだ?」
すると、みさきは幸せそうな笑顔のまま、それがさも当然の理のように、さらりと答えた。
「だって、せっかく食べるんだから。美味しく食べないとね」
「……だよな」
浩平はおもむろにオムレツの一番焦げたところへとフォークを刺した。
[「トクン、トクン、……、……」 FIN]
|